ちーちゃんの戯れ言パンチ
 
第三らうんど
 

 
 
「今度は、秋人が元気なくなっちゃったわねえ・・・」
 
 
桑島ファミリーの朝食で、理保ママが首をかしげる。中高生の母としては信じられない未だにボリュームのある胸がそれと連動して揺れた。
 
 
「ふーむ、一体、何をみてきたのか、な?」冬樹パパがそれにあわせて首をかしげる。
いい年してばかっぷるのような呼吸であるが、その間にいる子供たちは照れて抗議の声を今朝はあげない。
 
 
子供たち、桑島夏樹と、桑島秋人は元気がない・・・・・・
 
 
夏樹の方はおとついの晩から、そして秋人の方は昨日の晩から、家に帰ってきてからずっと元気がない。落ち込んでいる。それでも、夏樹の方はその原因が分かっているのだが。昨日、いつもより遅く帰ってきた秋人は、どことなく真っ赤な、興奮が冷めきらぬ、それでいて饒舌になることもなく、むしろ無口な感じで食事をすませるとすぐに部屋にひきこもってしまったので、その原因がよく分からない。
 
 
「もしかして、どこかのお嬢さんに一目惚れでもしたのかな、と」
「そのような、そうでないような・・・・微妙な年頃ですから」
冬樹パパも理保ママもなんか起きたあとで”うちの子に限って”などという口ではなかったが、息子が困っているふうでもないのでそのまま静観しておく。考えがまとまらないうちはペラペラとしゃべらない、という性格もあるし。
「行動力もありますしね」
「そう、そして姉思いでもある」
なんとなく、子供がなにをしてきたのか、見当がついているのかもしれない。
 
 
「ねえ、なにかあったの?」
秋人の方がこれだけ姉を慕うのも、夏樹の方も秋人をかわいがっているせいであり、気にかけている。弟はおしゃべりなタイプではないが、今朝の無口は違和感があった。
夏樹の方も日比野千歳ショックで、いっぱい気味であったが、それでもほうっておいたり我関せずと無視しておけない。登校前に弟の部屋にちょっと寄って尋ねてみる。
 
「姉さん・・・・」
弟の、秋人の顔は今まで見たことのないものだった。うっすら火照っているようでもあり、喉を越えて、口元まで言葉がでかかっているのに、なぜか必死でおさえているような・・・・まさか・・・・
 
「い、いじめにあってるとか・・・・・・だったら・・・そんなの、そんなの!お姉ちゃん許さないんだから!!」
 
 
「はい?」姉の的はずれの短絡思考に銀縁眼鏡の奥をぱちくりさせる秋人。
 
 
「先生には云ったの!?あー、まず、お父さんとお母さんに相談しなくちゃ。こういうことはなるべく早めの対処が大事なんだから・・・・お姉ちゃんは秋人の味方だから、絶対、味方だから、ダメなことはダメ、イヤなことはイヤってはっきり云うのよ?」
 
姉の精神許容量が限界ギリギリなんだなー、とつくづく思い知る秋人。
 
「姉さん、いじめなんかありませんよ。僕のクラスはうまくいっています」
 
「え?そうなの?じゃ、なんで元気ないの?」
 
姉さんもそうでしょう、と言い返したかったが、それはできなかった。
元気を取り戻す方法を見つけていないのに。そんなことを云う資格はない、と。
 
 
実際のところ・・・・・・昨日の「調査」の結果・・・・
 
 
疑惑1,2,は、日比野千歳の戯れ言パンチの謎を解く鍵には成り得なかった。
そこからは解法の糸口にも証明の手順にもならなかった。
代わりにこの目で見て思い知らされたのは、「プロの力」と「本場アメリカンパワー」。
高梨美月とリサ・ランフォードとの練習試合・・・スパーリングを見せてもらった。もう一人の姫條 椚という人のはあまり調査とは関係もなかったし見なかった。帰りのバスの時間のこともあったし。そして、分かったのは、分かったことは・・・・
 
 
高梨美月選手とリサ・ランフォードさんが凄いこと
 
 
凄いとしかいいようがないから、凄いという。あれで体調が悪かったとか、風邪ひいていたとかいうなら、それはたぶん人間ではない、と思う。見ていて、鳥肌が立った。
リングにあがるまでは仲良く無駄話をしていたけれど、いったんゴングが鳴った途端に、スゴイのなんの。不良のケンカなどと違って「てめー」だの「おりゃー」だの悪口の応酬などないけど、そんなもんがのどかな田舎の畑のカカシに見えるほど、苛烈な力のぶつけあい。目には見えないオーラが・・・神秘的ではなく、ひどく生々しくその分こっちに迫ってくる。そして、あの目つき・・・・・自分に向かってこられたら、たぶん逃げ出す。
 

二人の実力は互角、のように見えた。もしかしたら、練習であるからなんらかの約束事が決められているのかもしれないけれど、そう見えた。どちらも相手をぶん殴って倒してしまうことしか頭にないように。二人ともリングを縦横無尽に使う。目まぐるしい移動、息が切れないのだろうかと思うが、鍛え方が違うのか。中央で足を止めて打ち合ったりはしない。それだけに、互いの死角に入り込むように、または意表をつくように、リズムを崩すように、ロープ際に追い込むように、様々な歩法を使ってくる。手持ちぶさたな姫條 椚さんが横で解説してくれたような気もするが、頭に入っていない。ひたすらに二人の姿を目で追って。

 

椚の話を聞いてない秋人(w

 
 
相手の長いリーチを恐れずに、カウンターで決めにくる高梨美月

そのカウンターも恐れずに、ガードを突き破るコンビネーションを繰り出すリサ  

 
練習試合ではあるものの、どちらが優勢であったかといえば・・・・
 
スプラッシュ!!
一発、強打を顔面横に入れて体勢が崩れるほど吹き飛ばしたリサ・ランフォードの方じゃないかと・・・思った。あやうくダウン、のところをかろうじてこらえる高梨美月。
 
 
姉さんの試合を観たことはあるけれど・・・・・・・レベルが、数段階、違う。
 
月が欠けていくのは、卵を壊した子供の身代わりに、蛇に食べられていくからだ、という伝説がある。紫の、美しい月・・・・それを捉える、蛇ならぬ雷鳥(サンダーバード)。
 
確かに、文月コーチのいうとおりに、魅了されていたのだろう、そんなことを思うなら。
 
強いのはもちろんだけれど、二人とも危なかったしいところがない。どれが凄いあれが凄い、ということでもなく、全てが。総合的にレベルが高い、ということだろうか。
勝負は水物、とはいえ、姉さんがこの二人と試合すれば、負けるだろう。必ず。
つけいる隙がない、といった感じだ。技術的なことは分からなくとも、見ているだけでヒシヒシと感じる深く、揺るぎない精神集中・・・・それがある限り、少々の体調不良など問題にもならない。今も顔が火照っているのは、興奮がさめやらないからだ。
 
 
それはいいとして・・・・・・この二人に、勝った、とは言わぬまでも、一矢報いるどころか痛い目を見せた日比野千歳の実力は・・・・・・簡単に算段して、姉さんを遙かに凌駕する、ということになる。そういうことに落ち着く・・・・わけであり。
 
 
桑島秋人の口も鈍ろうというものだ。心こそ、心惑わす心なり。
 
そして、頭も悩ます。リサ・ランフォードへの「脳天直撃」パンチの謎だ。
 
10pの身長差というものは、フェイントの上下動を勘定に入れてもけっこうあって、おまけにあのフットワークの速度を考えると・・・・それこそ、「ろくろ首」みたいに腕をにょきにょき伸ばしてもしない限り、届くものではない・・・・。
 
 
もし、日比野千歳がそんな「ろくろ腕」パンチを使う化け物ならば・・・・
 
 
試合なんかやめさせたほうがいい。ヒイヒイではすまなくなるだろう・・・しかも観客の目の前で。だけれど、弟が止めろといったから止めるような意志の弱い姉ではない。
もともと人の代打で出る試合だけに、棄権など絶対にしないだろう・・・・。
 
 
疑惑1,2でも十分すぎるほど憂鬱にさせられたのに、まだ疑惑3が残っている。
 
 
3・それよりは実力の劣るだろうけれど、後輩を、・・・・触れていないのに倒した。
(対戦は後輩の方から申し込んだもので、気後れや恐怖というのも考えにくい)
 
・・・これである。ある意味、最大の謎。触れていないのに相手を倒す?
まさか嘘だろうと思うし、リサ・ランフォードに聞ければ良かったのだが、もちろんそんなことは出来ない。日比野千歳は、ボクシング部以外にも、魔術部にも所属しているのだろうか・・・・だが、これを解明しないことには、姉さんは蚊トンボのようにやられる。いや、実際にはなんらかのトリックがあるに決まっているのだが・・・・・
イカサマと同じで、見抜けなければトリックはトリックと言わないのだ。ただの謎。
 
 
「いろいろあるんだよ、特に三番目が」
 
「?なんなの、三番目って」
 
「なんでもないよ。話せる段階になったら話すから」
 
「う、うん・・・秋人がそういうなら。でも、困ったらいつでもお姉ちゃんにいいなさい」
 
「うん・・・そうするよ」
なんとも謎すぎてワケが分からずに頭が痛いが、なんとかこの姉のために日比野千歳の戯れ言パンチの謎を解き明かさねば・・・・結果的には負けるかもしれないけど、触れもせずに倒されるなんてあまりに屈辱だろう。まさか、時代劇じゃあるまいし、真空かまいたち、とかいう落ちじゃあないろう。改めて決意する桑島秋人であった。そして、その調査方法は・・・・・
 
 

 
 
「現場百遍は捜査の基本・・・・・」
 
声がすこし緊張気味の桑島秋人。P高校の校門前に立っている。時間は、姉が先日にやってきたのよりは少し早い。が、時間は夕暮れ放課後であり、違う制服、しかも中学生だと一目でわかる銀縁眼鏡の下の幼い顔立ちは、「誰かの弟さんかしら」「かわいい〜けなげ〜」お姉さま方の注目を集めていた。だが、桑島秋人はそれどころではない、悲壮な決意を固めてここまでやってきたのだ。
 
なんとしても、「触れずに倒すパンチ」の謎を解く!と。そうのんびりもしていられない、もし謎を解いても、その対策に時間がかかるなら意味はない。犯人はすでに日比野千歳だと知れているのだから。ざざ・・・・・と砂煙をたてて校内に入る桑島秋人。
 
 
目指すは、P高校ボクシング部の部室。
 
そこにいけば、謎を解く、なんらかの手がかりがあるに・・・違いない、というか、願いたい。
 
 
だが・・・・・同じ高校生である姉がさして迷わなかったP校内を、秋人少年は迷った。
やはり中学校と高校では微妙に造りが異なって、カンどころが働かなかったようだ。
 
 
そして、出てしまったのがP高校応援団の部室前。よりにもよって団長が団員を前に本日の説教を行うところであった。間が悪いといえば、これほど間が悪い場所もなかった。
応援団といえば応援団であり、つまりは硬派であり、どこかお節介なところがある。学ランなんぞを着込んで、見た目もかなり怖げであり、団長などはスキンヘッドで迫力満点。見慣れぬ部外者が目の前をひょこひょこ通り過ぎて見過ごすわけもなく。
 
 
「そこの小僧!!」
 
 
耳慣れぬ呼び名に一瞬、誰のことかと思ったが、すぐに理解した。スキンヘッドの怖そうな男子生徒がこちらを睨んでいる。大声のあまりの迫力に足がすくんで動けない。
団長の一喝にすぐさま反応した団員たちが駆け寄り、周りを取り囲む。
中学生と高校生ではやはりパワーレベルの差が大きい。しかも応援団ともなれば。
応援団はあくまで応援団であり、格好だけの不良のたまり場というわけではない。
だが、見た目が見た目であり、第一印象は大事であり、顔が青ざめてくる桑島秋人。
戦闘力で言えば、ダースで揃えても高梨美月とリサ・ランフォードの二人に敵うまいが、おっかないものはおっかない。特に見た目が。特にスキンヘッドの団長が。
今にも部室内に連れ込まれて、財布を取り上げられて、竹刀で死ぬほどぶったたかれた挙げ句に煙草の火を押しつけられそうな気配に、逃げることもままならない。
 
 
とはいえ、実のところ応援団の者とて、別にヤーさんの配下でも右翼構成員でもなんでもなく、家に帰れば普通の高校生にすぎない。中坊が調子に乗って遊びに来たんだろ、しょうがねえなあ、くらいにしか考えてないし、とくだん敵意も悪意もない。
見れば、ワルにも見えないし。校舎に悪戯しにきた、というよりは兄弟でも探しにきて迷いこんだんじゃないでしょうか団長、ここはひとつ・・・・という感じである。
 
団長とても、見慣れないから声をかけただけの話で、殴り飛ばして柱にくくりつけて神聖な学舎に侵入した罪を思い知らせてやろう、などと病的な考えはない。
実家が寺のため、小僧などと古風な呼び名をしてしまったが、攻撃意志は全くない。
ちなみに、自分の名前も寺の息子らしく「一休」という、いつ修行スタートしてもオッケー名であった。生徒からは一休団長として親しまれている。そんなわけで、仏の道をゆく。
袖振りあうも他生の縁、適当に事情を聞いて、一年団員でも案内につけてやろうかと親切なことを考えていたくらいだった。そこに・・・・・
 
 
「まさか応援団が小さい子いじめかよ・・・見損なったね!」
 
 
今日日、珍しいくらいに正義の味方っぽい口上が。「はい?」と学ランの応援団ともども声のした方を見てみれば、オレンジのランニングウェアの女子生徒が腕を組んでにらんでいる。髪を高く結い上げているのが・・・・その口上とあいまって、そこはかとなく侍のチョンマゲに見えないこともない。そして、その隣に、夕日色のウェアの女子生徒が。こちらは咎めるというよりは諫める、という目だが、まっすぐにこちらを見ている。
いかにもケンカ強そうな応援団の猛者にまっすぐ意見して向き合えるというのは・・・・
心も体も強いのだろう。腕に覚えがあるのか。
 
「徳川。誤解だ。つまりは四界の上であり六怪の下だ」
スキンヘッド・一休団長が堂々と答えた。
 
「そういう状況にはあたしの目には映ってないんだけど?」
徳川と呼ばれたチョンマゲ子さんが強い目のままに言い返す。瞳には葵の紋所がうつっているのかもしらない。たぶん、正義感がものすごく強いのだろう。
 
「迷い込んでふらふらしている中学生を黙視しておくわけにもいかんだろう。・・・・本日の説教がまだすんでいないのでな、迷惑でなければ、徳川、お前に案内を頼みたいが」
 
「んん?そうなの?小さい子くん?」
今時めずらしいくらいに個人の人格を認めてないような呼びかけだが、
 
「は、はい・・・・いきたいところがあったんですが、迷ってしまって・・・」
特に逆らうこともせず、正直に答える桑島秋人。
 
「このハゲたちにいじめられたんじゃないの?正直にいいなさい」
この徳川さんというお姉さんも相当なもんだなあ・・・・と、ここまで明確だと感心してしまう。この高校の「ご意見番」なのかもしれない。隣の夕日色のウェアのお姉さんも苦笑いしている。ついでに、ハゲ呼ばわりされた応援団の団長が平然と受け流しているのも男の器量を感じた。
 
「ただ、呼び止められただけですから」
圧迫感や威圧感がなかったといえば嘘になるが、別にそれ以上怒鳴られたり殴られたりされたわけでもない。冷静に考えると、こっちの方が部外者で余所者なのだから。見つかって怒られても文句は言えないところだ。
 
「ふーん、じゃあ、いいや。・・・・誤解だったみたいだね、一休団長ごめん」
 
「分かってもらえたなら、それでいい。で、案内の方は頼めるのか」
P高校はなかなかワンダーランドらしい。いろんな人がいる。そして、話はまとまったらしい。
 
「ロードワークも終わったし、まあいいか。じゃあ、紗代。この子の案内は頼んだよ。あたしゃ、ちょっと職員室に用事があるから」
 
「はい、杏香先輩」
 
「小さい子くんも、今度は校内まで入らずに、校門辺りで待ち合わせにしなよ。じゃあ」
徳川杏香(とくがわ・きょうか)はそう言ってぱぱーっと馬が駆けたように行ってしまう。
 
 
「・・・・・・・」
残るは・・・・夕日色のウェアの、「紗代」と呼ばれた女子生徒。
 
目が合うと、にこっと笑いかけてきた。
 
なにげなく胸のあたりを見ると、「荻野」という刺繍がしてあった。
桑島秋人はその名に聞き覚えが・・・・あった。「紗代ちゃん」だ。またしても、運の良いことに、目的の人物が向こうからやってきてくれたわけだ。日比野千歳に挑んで、触れることなく倒された・・・・・彼女。昨日に続き、こわいくらいの偶然であった。
 
 
「どこを探してたの?いきたいところって、お兄さんかお姉さんの教室?」
親切そうな声と笑顔で問うてきた。今までは後輩でも、中学生を前にすれば先輩である。
だけれど、目の前の中学生がどんなつもりでここまでやってきたのか、荻野紗代には知る由もない。
 
 
「あ、僕、日比野千歳さんに会いにきたんです・・・・」
 
 
「?日比野せんぱいに?」初対面の少年の告げた意外な名前に、少し目をまるくする荻野紗代。さて、どういう関係なのかな?という顔だった。
 
 
ここからが正念場だな、と。なんとしても、日比野千歳の秘密を聞き出さないと・・・
どういう風に会話をつなげていけばいいのか、将棋で日頃鍛えた先読み能力をフルに生かして何十手先も読む。相手の反応と、それから引き出せる情報と。推理とで。
 
 
触れもせずに、相手を倒す・・・・・疑惑その3
 
 
最大の戯れ言を説破しなければならない。
目の前の荻野紗代さんは、やさしそうな顔立ちではあるけれど、しっかりと健康そうで血色も良く、「じつは貧血で倒れました」とかいうオチはつかない、と思う。
まあ、姉さんのためにはそれでいいのだけれど・・・・・
 
 
 
 

<つづく>

 

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