霞がかった意識の中に、上から何かを数える声が染み込んでくる。ぼやけた視界、その網膜に差し込む光が眩しい。

「う…は、ぁ……」

苦しげに吐き出した吐息が、どこか遠い誰かのもののように感じられる。
背中から伝わってくるひんやりした感触が心地よく、ぐるぐる掻き回されてた頭が急速に醒めていく。
その途端、

「スリー…フォー…」
「こらあーーーッ! 立てぇぇぇぇーーーーッ!!」

ダウンした自分に向かってカウントを数えていたレフェリーの声と、遠くから自分を叱咤する怒声が同時に鼓膜を叩いた。

「美月!?」

微睡(まどろ)んでいた意識がこれで一気に覚醒し、リサはガバッと上体を起こす。
卯月のアッパーカットでダウンさせられ、僅かの間意識が飛んでいたのを理解すると、すぐに力を込め立ち上がっていく。

「やれるか?」

カウント8でファイティングポーズを構えたリサに、レフェリーが状態を確認。
「ハイッ」と力強く答えてみせると、構えたグローブを拭かれ吐き出してしまったマウスピースを銜えさせて貰い、試合続行が指示された。

試合開始から、まだ1分が経過したばかりでいきなりのダウン。これは卯月の1ラウンドKOもあるかと、観客席からは卯月コールが巻き起こる。
卯月本人もその声援に背中を押されたのか、ダメージの残っているであろうリサへ一気に突っ込んできた。

(う、脚が……!? まずい、なんとか凌がないと)

試合再開で命を繋いだのも束の間、アッパーで脳を揺らされたダメージで脚の踏ん張りが効かない事に気付いたリサ。
こんな脚で卯月の強打をまともに貰ってしまったら、恐らく今度こそ立ち上がれない。

卯月の一挙手一投足に集中し、上体だけでパンチをかわしながら針に糸を通すような繊細さで左ジャブをコツコツ当てていく。
4ラウンドマッチなので、あと1回ダウンを奪われるとその時点でTKO負けとなる。
皮肉な事に、卯月にダウンさせられ追い詰められた事でリサは周りの声も視線も気にならなくなり、卯月のみに集中する事が出来るようになったのだった。

「痛ぅッ!」

しかし、さすがに上体だけでパンチをかわすのにはすぐに限界が来る。
左ショートフックを浅く当てられ、衝撃でリサの金髪がフワッと跳ね珠の汗が舞い飛んでいく。
勢いに乗る卯月の猛攻を前に、少しずつ後退させられてしまうリサ。
背中にロープの弾力を感じた瞬間ボディーアッパーで腹を突き上げられ、威力に抗し切れず唇から唾液が噴き出し身体を折ってしまった。

「リサちゃん!」

かなえの悲鳴が木霊する。卯月にとって、それは絶好のKOチャンスだったからだ。
勿論そこを見逃す筈もなく、卯月は再び右アッパーのモーションへと移行。これは決まったかと誰もが思ったその瞬間、

「ストップ! 第1ラウンド終了だ」

いつの間に鳴っていたのか、第1ラウンド終了のゴングと同時にレフェリーが強引に割って入ってきた。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 余裕の現れか大きくガッツポーズを作り帰っていく卯月とは対照的に、フラフラの足取りで青コーナーまで戻るリサ。
文月に用意されたスツールにお尻を乗せると、かなえが慣れた手つきで口腔内のマウスピースを引き抜く。

「リサちゃん、深呼吸してください。吸って…吐いて…吸って…吐いて…」

スゥー、ハァー、と乱れた呼吸を整え、リサは差し出されたウォーターボトルから水を吸いうがいをする。
吐き出した水には、早くも赤いものが混じっていた。

「呑まれたな、雰囲気に」

マウスピースを洗いながら、文月が言葉短かに原因を告げる。彼女はリサと古い付き合いなので、その実力の程は良く知っている。
パンチ力、テクニック、スタミナ……そういった部分の非凡さの陰に、脆く繊細な精神が存在している事も知っていた。

故に、この言葉が出たのだ。

「いいですか。リサちゃん、これはあなたの試合です。他の誰の為でもない、あなたの為の……観客の野次なんてどうでもいいじゃないですか。もしそれが気になるのなら、相手をKOしてみせなさい。1発で黙りますよ?」

ね、とウィンクしながら顔を覗き込んでくるかなえに、リサはきょとんとした表情の後、クスッと微笑んだ。

「ハイ、もう大丈夫です。KOしてやります、あいつを!」

グローブをバンッと打ち鳴らし、セコンド陣にKO宣言するリサ。その顔は、多少打たれた痕はあるものの、闘志に満ち満ちたものだった。

カァァァァンッ!

第2ラウンドのゴングが鳴った。1ラウンド目と違い、リサの耳には観客席からの雑音は入らず、碧い瞳には卯月の姿しか映っていない。

千歳や美紗緒の声援が、
かなえのアドバイスが、
多くを語らない文月の存在が、
そして美月との試合、その時の初めてのKO負けの経験が、

リサを支えてくれる。そう思うだけで、今までの不安やプレッシャーは塵のようにどこかへ吹き飛んでいた。

(この程度の逆境は美月との闘いでもう経験した。KOされる悔しさも。あたしはもう負けない!)

ファイティングポーズを取り、眼前の卯月を見据える。
身体の端から端まで、熱いものが駆け巡っていくかのような錯覚を覚える。
小刻みにフットワークを刻みながら、リサは必勝の信念で敢えて卯月の懐へと向かっていった。

バシィッ!


 2つの殴打音が重なり、二重奏となってリングに響く。リサと卯月の右ストレートが同時にお互いの頬を押し潰し、汗が舞い散った。

「ごふっ」
「ぶぷぅっ」

頬を抉られ、唇から唾液を噴き身体をぐらつかせてしまう2人。
パンチ力は両者ともほぼ同程度。しかし、蓄積されたダメージの量は異なっていた。
ダン、ダン、と数歩後退するリサに対し、卯月はすぐに体勢を立て直す。
気持ちでは吹っ切れたリサだったが、如何せん右アッパーでダウンさせられたダメージは隠しようもない。

第1ラウンドに続き、この第2ラウンドも劣勢に陥っていた。

次第に脚を止めての乱打戦が増え、その度にお互いの顔や腹にパンチがクリーンヒットする場面が目立ってきた。
テクニックでは圧倒的にリサに軍配が上がるものの、どうしても相打ちは避けられずスタミナを削られてしまう。

そして第2ラウンド中盤、再びお互いの右ストレートが顔面を捉えた。
痛烈な打撃戦を物語る何度目かの相打ち。だが、次の瞬間天秤が傾いたのをその場の全員が知る事となる。

ゴゥッ!

相打ちに耐えた卯月の左フックが、リサの頬を殴り飛ばしたのだ。

「ぶほぉッ」

追撃のフックを叩き込まれたリサは、そのまま横倒しにダウンしてしまった。
汗の絡んだブロンドの髪が、パラパラとリングに舞い落ちていく。

「ダウンッ!」

リサの2度目のダウンに、観客席から大歓声が上がる。大きく肩で息を切りながら、卯月は打ち勝った事を誇るかのように右腕を高々と掲げニュートラルコーナーへと下がっていった。

(やった。このダウンは決定的でしょ!? わたしの勝ちよ)

再び金髪の対戦相手を見下ろし、卯月は内心勝利を確信する。
リサは強敵だった。でも、やっぱり自分には勝てないのだと有頂天になりたい気分を抑え、動かないリサを見下ろした。

有頂天になるのは、試合終了のゴングを聞いてからでいい。それももう数秒後の事だ

余裕げに目を閉じ、後はレフェリーのカウントに耳を傾けるだけ。そう信じていた矢先、会場から一層の大歓声が上がった。

「!?」

自分の勝利を祝う歓声にしては、少々早すぎる。疑問に思った卯月は閉じていた目を開け……信じられない光景を目にした。

何と、リサが立ち上がってきたではないか。
苦しげに肩で息をしてはいるが、構える腕はしっかり上がっている。
そして、その目は些かも闘志を衰えさせてはいなかった。

「う…うそ……なんで、なんで立ってこれるのよ!?」

自分のパンチを何発も浴びて、何故立てるのか?
一体どれだけ打たれ強いのか?

今まで公式戦にこそ出場して来なかったが、会長からは世界を狙えるパンチだと太鼓判まで押された。
事実、スパーリングでは最後まで立っていられるパートナーなど存在していなかったのだ。

卯月は、試合再開と同時に迫ってきたリサの姿を見て、戦慄が走った。
もしかして、この相手にはどれだけパンチを叩き込んでもKO出来ないのではないか? という疑心が生まれたのである。

一方のリサはといえば、ダウンしておきながら勝てると確信を抱いていた。
卯月のパンチは重く強い。本来なら、KOされて然るべきダメージだった筈。
だが、自分は今立ち上がって卯月と向かい合っている。

それは何故か? 答えは明白。

美月に1度敗北を刻まれたからだ。あの闘いで、リサは挫折を知った。
ボクシングの厳しさを、あの闘いで思い知った。
その悔しさに抗う限り、リサは決して折れないだろう。

意識でも飛ばされない限りは……

この時点で、2人の精神的アドバンテージは逆転した。それを証明するかのように、2度目のダウンを喫したリサは猛然と手を出し続け、対して卯月は手数が減ってきている。
手数の差は、そのままクリーンヒットの数に比例する。

リサのワン・ツーが卯月にヒットし、その頭が大きく弾かれていく。
肉体的ダメージを精神力で無理やり抑え込み、リサの攻勢は続いた。

カァァァァンッ!

ズドッ! とリサの右ボディーアッパーが卯月の鳩尾を抉った所で、第2ラウンド終了のゴングが鳴る。
ダウン以降、不死鳥の如く復活しペースを掴んだリサは、右拳を引くと無言で青コーナーへ引き揚げていく。
その一方、鳩尾を痛打された卯月はマウスピースをはみ出させたままぐったりと重い足取りで赤コーナーへ戻っていった。

相打ちが多いとはいえ、リサの強打をずっと貰い続けてきたのだ。勢いに乗っていた時は気にしなかったが、1度守勢に回ってしまうと疲労やダメージが途端に鎌首をもたげてきたのである。

「おい、打ち負けてるぞ!? もっと相手を見ろ!!」

結構な数のパンチを腹に打ちつけられ、さも苦しげな呼吸を繰り返す卯月へ若い男性セコンドの怒声が飛ぶ。
絶対的有利を得、あわやKO寸前まで追い詰めた第1ラウンド。優位のまま、2度目のダウンを奪った第2ラウンド。
本来なら、そのまま一気に仕留めてもう終わっていた筈。
だというのに、どういう訳かいきなり失速した挙句打ち負けてコーナーへ戻ってきたのだ。

「せっかく会長がお前の為にこれだけお膳立てをしてくれたんだぞ。これで負けたら……」

声掛けに反応の薄い卯月の様子を見て、さらに激昂したセコンドは脅迫めいた言葉を吐きかける。

会長の顔に泥を塗る真似をしたら次はないぞ

そう、言外に含ませる物言いだった。
もしかすると、これは教え子に対する彼なりのハッパの掛け方だったのかも知れない。
しかし、この言葉は逆に卯月を精神的に追い詰めるだけの結果にしか作用しなかった。

 後半戦となる第3ラウンドは、精神的どころか攻守まで逆転していた。即ち、チサがほぼ一方的に攻め立てたのである。

卯月には、公式戦の経験がない。ジムで試合基準のスパーリングを何度も積んできてはいたが、逆境を味わった事はなかった。

今日、このリングに上がるまでは……

何発もまともにパンチが入り、2度もダウンさせたにも関わらず、眼前の少女は全く闘志を失わない。
それどころか、逆にパンチが重くなっていく。フットワークが鋭くなっていく。
こんな相手は、今までに出会った事がなかった。

(もしかして、わたしって強くなかったんじゃ……)

そんな思考が脳裏を引っ掻き回す。そんな事はない! と自分を鼓舞するも、次々と飛んでくるパンチが肉を打ち骨を軋ませる度に、卯月の自信は徐々に徐々に崩れていった。

負けたくないという意志だけで必死に打ち返し、第3ラウンドをギリギリ凌ぐ。
しかし、卯月のスタミナは限界に達しようとしていた。

容赦なくリサのパンチが身体のあちこちを殴打し、所々に赤黒いアザが浮かぶ。
苦しそうに天を見上げて呼吸しながら赤コーナーまで引き揚げていくその姿は、もう完全にグロッギー状態のそれだった。

「もういい、攻めるな。最終ラウンドはひたすらガードを固めて逃げまくれ! ポイントは序盤に稼いだ分でなんとかなる」

大きく肩を落とす卯月に、男性セコンドは非情の指示を下す。どのみち、今の状態では何発もパンチを交換するなど出来ないだろう、との判断だった。
負ければ、全てが無駄になる……卯月は、最終ラウンドを逃げ切るというセコンドの、この悪魔の囁きに頷いた。

「泣いても笑っても、次が最後のラウンドです、リサちゃん。2度のダウンを喫した我々が勝つには、もうKOしかありません。恐らく、相手は積極的に打っては来ないでしょう……後はあなたの力次第ですよ」

トランクスのベルトを引っ張り、大きく深呼吸させながら指示するかなえ。
亀のようにガードを固め、逃げ回る相手を崩すのは至難の業。しかし、それが出来なければリサに勝機はない。

「スゥ…ハァ……はい!」

かなえの言葉に大声を張り上げ頷くリサ。たとえ試合後に動けなくなってもKOしてみせる! と新たに誓い、スツールから立ち上がった。

カァァァァンッ!

 いよいよ、最終第4ラウンドが始まった。レフェリーに促され、両者リング中央でグローブタッチを交わす。

リサに与えられた時間は、たったの120秒。それまでに、卯月をKO出来なければ勝機はないも同然。
相当な悪条件だったが、リサに焦りはなかった。卯月のパンチで刻まれたアザだらけの身体に力を込め、グローブの重さに逆らって腕を振っていく。

左ジャブを3発から右ボディーフック、さらに左ショートアッパー。
右フックでガードする腕を叩き、バランスを崩させてから左ストレート。
逃げる卯月に必死にくっつき、頭を胸元に押し付け細かいボディーブローの連打。

いずれも多少なりとダメージを負わせはしたが、ガード越しの為ダウンには直結しない。
やはり、力の乗ったパンチをクリーンヒットさせない事にはKOは難しい。

息を切らしながらひたすら攻めるリサに対し、卯月は殆ど手を出さないまま逃げの一手。
この消極的な卯月の動きに、観客からブーイングが飛び交った。

「逃げんな、打ち合え!」
「だらしねぇぞッ」
「なにが秘蔵っ子だよ、ヤバくなったら逃げるしか出来ねぇのか!?」

第1ラウンドでリサに圧し掛かってきた見えざるプレッシャーが、今度は卯月を絡め取る。
逆境で追い詰められた卯月の精神は、この野次で完全に砕かれた。

「うあああーーーーッ!」

ガードを固め逃げるだけだった卯月が、このラウンド初めてのストレートをリサの顔面へ叩きつけた。
目に涙を浮かべながら……

「ぶぅッ」

いきなりの反撃に、リサはまともに卯月のパンチを貰ってしまう。しかし、顔を背けたままリサは本能的に左アッパーを卯月へと放っていた。

「ぶごぉッ」

青い弾丸は正確に卯月の顎を捉え、脳を揺らされた衝撃で動きを止める。
卯月のパンチには、序盤のような破壊力は欠片も残っていなかった。

明らかにダメージの深さを物語る卯月の動きに、チャンスとばかり追撃を掛ける。
が、卯月は必死にリサへ抱きつきパンチを打たせない。

「ハァッ! ハァッ! ハァッ!」

脚をガクガク震わせ、目尻に大粒の涙を溜めた卯月は必死にリサへとしがみつく。
やがてレフェリーが2人をブレイクし、改めて試合再開を促す。

その後もリサは怒涛の攻めを見せるものの、卯月は恥も外聞もなくクリンチで凌ぐ場面が何度も見られた。

「なにやってる!? ガードだガードォッ」

赤コーナーサイドから怒声が飛ぶ。そこでようやく我に返ったのか、卯月は距離を取りガードを固める。
しっかりと顎を隠し、反面腹はがら空きに近い。ボディーブローなら耐えてみせる、といった意志が見て取れた。

「そのまま逃げ切れーーッ」
「卯月ちゃん耐えろーー!」
「リサ、攻めろ攻めろッ! 時間ないぞぉ!!」

観客席の方々から思い思いの声援が飛び交う。そんなリング上、卯月はリサのボディーブローを何発も貰いロープを背負っていた。
しかし倒れない。そうこうしている内に、カッカッ! と残り10秒を伝える拍子木が鳴った。

(時間が……よし、こうなったら!)

再三ボディーブローで腹を抉ってきたリサだが、ここで意を決した。

ガッ!

ガードの固い顔面へ、不意打ちのような右ストレートを見舞う。
しかし、これは当然ブロッキングされてしまう。

ズシィッ!

グローブによって阻まれた卯月の顔面目掛け、間髪入れず2発目の右ストレート。
それも牙城を崩す事は叶わず、クリーンヒットには届かない。
しかし、その威力は卯月の身体をロープに押し込み大きくバウンド。
ボディーブローのダメージか、卯月はそのまま脚をもつれさせた。

これを最後のチャンスと見たリサ、伸ばしていた腕を引き上体を弓なりにしならせ溜めを作る。
そして、目の前でグラつく卯月目掛け、3発目の右ストレートを放った。

グシャアッ!

緩くなった防壁を貫通し、青の閃光と化したリサのストレートは、卯月の顔面をこれでもかと押し潰す。

「ぶぎぃッ」

グローブがめり込み塞がれた口元から漏れる呻き声と共に、まるで爆弾が爆ぜたかのように卯月の頭は大きく後方へと仰け反っていく。
大量の汗や唾液や血などといった体液を噴き出し、頭がロープの外まで飛び出す。
極限まで絞られたロープが、さながら弦から放たれた矢のように、卯月の肢体を大きく弾き飛ばした。

リサの横をスルリと抜け、受身も取らず前のめりでキャンバスを滑っていく卯月。
着地から2度小さくバウンドすると、その身体はピクリとも動かなくなった。

あたかも人身事故を思わせる強烈なノックダウンに、会場が静寂に包まれる。
最後のラッシュで軽くチアノーゼを起こし、青褪めた表情で息を切らすリサをそのままに、レフェリーはうつ伏せのまま動かない卯月の様子を確認。
キャンバスに這っているからか、表情は確認出来ない。が、ひくひくと全身を小刻みに痙攣させているその姿を見れば、カウントなど無意味な事は明白だった。

「ノックアウト! 勝者、リサッ!!」

第4ラウンド、2分4秒。デビュー戦同士のこの対決は、リサの逆転KO勝利で幕を閉じた。

 その後の事は、散々に殴られまくったせいか意識が朦朧としており記憶に乏しい。
プロ初勝利を実感出来たのは、精密検査の後ジムに顔を出して美月に祝福された時だった。
ちなみに卯月は完全に失神しており、ついぞリングでは意識が戻らず担架で花道を帰っていった、とも聞かされた。

リサのハードパンチャーぶりが窺える話である。

苦しい展開ながらも逆転KOをものにしたリサだったが、内心複雑な心境であった。
自分の精神的な脆さが露呈した内容だったからである。
アウェイのような空気に中てられ、危うく自滅しかけたのだ。背中を支えてくれる声援のおかげで盛り返しはしたが、それも奇跡に似た偶然の産物でしかない。

「はぁ……あたしもまだまだ未熟ね」

まだ少し腫れの残る顔に湿布やら絆創膏やらをペタペタ貼り、リサはロードワ
ーク中に思わず大きな溜息を吐く。

さすがにプロの世界はシビアだと痛感させられる。だが、まだリサはそのシビアな世界の頂点を目指す第一歩を踏み出したばかり。
困難は、まだまだ幾らでも待ち受けているだろう。いつかアイツと闘う事があるかも知れないその日の為に、少しでも実力を付けていこうと新たに決意し、リサは朝日の中を走っていくのであった。

〜〜fin〜〜


 

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